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2019-05-23 15:37:10
中古マンションの購入を決断した
ふたりの子供を育てるシングルマザーのお客様から
バイタリティと向上心を学んだ営業のお話






マンションを探している女性からメールが入った。メールには希望の条件が記されていた。

エリア:世田谷・渋谷・目黒
物件種別:マンション
間取り:3LDK
広さ:不問
築年数:不問

ここまでは何の問題もなかったが、希望する価格帯にあてはまる物件は皆無だった。

(どう切り出そう・・・)

私は戸惑いながら、その女性に電話を入れた。

「このエリアで販売に出されている中古マンションのなかでご希望の価格帯ですと・・・。」

“ありません”と正直に伝えようと思ったが、完全否定すれば営業としては短絡的であり、お客様の購入意欲を削いでしまうような気もした。

「2LDKで44㎡の中古マンションがあります。いかがでしょうか。」

それが適切な提案なのかわからなかったが、女性は予想外の反応を示した。

「全然問題ないです。そこでいいです。」

夢や希望を抱いて自宅を購入する人は慎重に検討する。じっくり時間をかけて想像するのも楽しいという女性も多い。ところが、小学6年生と乳幼児を育てるシングルマザーの決断はとても潔かった。

後日、女性の職場近くのカフェで待ち合わせた。そして、私が持参した物件資料と図面を一目しただけで女性は意を決した。

「これを買えば頑張れます。これにします。」

まだ見学すらしていないのに物件購入の意思を示した。電話の時にも感じた女性の潔さが気になり、そのことを女性に尋ねた。するとシングルマザーに至った経緯と過去に踏ん切りをつけて新たな人生を歩み出すために家を買う決意したと私に話してくれた。



数日後、物件見学と資金計画の打ち合わせで、ふたりのお子様を連れて女性が来店された。見学は問題なく行われ、上のお子様は自分だけの部屋ができることを少し照れながら喜んでいた。ところが資金計画の打ち合わせで先行きは怪しくなった。ひとつは、派遣社員としての収入が返済能力ギリギリであること。もうひとつは、別れたご主人の借入金の一部が女性名義になっていたこと。場合によっては保証人や担保が必要になることを伝えた。それでも女性の意志は揺らぐことなく、その日のうちに申し込みを済ませて帰宅していった。

やはりというか、住宅ローンの事前審査で断られ、本審査までたどり着いても決済が得られない。当たった金融機関は10社ほどに及んだ。

「やっぱり無理なのかなぁ・・・。」

電話先の女性の声は、明らかに落ち込んでいた。

(悔しいが、もう潮時か・・・。)

私は心の奥ではそう思っていた。こんな状況に力を与えてくれたのは、売主様側の営業マンだった。「一緒に頑張りましょう」と声を掛け続けるだけでなく、ついには金融機関を探し出してくれた。私が無知だった訳でなく、上司や同僚さえも聞き及ばない金融機関にすがる思いで私は女性を伴って訪れた。

金融機関の担当者から住宅ローンを早期に、そして、より確実に決済が降りる手段の説明があった。隣で真剣に話に耳を傾けていた女性に私が問いかけようとした時だった。

「それならば大丈夫です。もう父に頼んでありますから。」

見学した日の資金計画の打ち合わせで告げた“場合によっては”という仮定の話を女性は取り計らいくださっていた。

「そうですか。わかりました。1ヶ月ほどでご連絡差し上げます。」

金融機関の担当者は淡々と書類を作成し終え、私たちはその場をあとにした。



それから1ヶ月後、住宅ローンは無事に決済された。最初に物件を見学して売主様に買い付けを伝えてから2ヶ月後のことだった。

来店いただいた女性に通称“契約書ファイル”と呼んでいる茶色の分厚い書類をようやく手渡すことができた。本来ならば2ヶ月前に手渡すものだったが、荷物と乳幼児を抱えた女性が持って帰るには大きく重すぎた。そこで、私がずっと預かっていた。

「ハウスプラザさん、売主さん、みなさんには本当に感謝しています。いろんな人の思いが詰まった分だけファイルが重くなったのかな。」

ファイルを抱きかかえた女性は表情を綻ばせたが、その重さと困難に耐えられるのだろうか。ずっと見守っていくのも営業の務めなのかもしれない。


家を買う=バイタリティ


新しい家で新たな人生のスタートを切った女性は、家を買うというひとつの目標を達成した。

「これからも2軒目、3軒目って家を買いたいんです。その夢があれば、頑張れます。これからもいい提案といい物件を紹介してくれませんか。」

もっと広い家に住みたい、賃貸収入で安定した生活を送りたいと女性は涙ながらに今後の人生を語ってくれた。

マンション購入による月々の返済は、生活費を圧迫してしまう。それでも「資格を活かした新たな仕事を見つけるから大丈夫です。」と女性は気丈に振る舞った。

私もこの女性に負けないバイタリティや知識と教養を身につけなければ。

2019-05-18 14:53:19
マンション探しで大事なのは条件よりも自分の感覚。
そして、知り合いが住んでいない街であること。
都会的なライフスタイルをおくる独身女性のお客様と女性営業のお話






中古マンションの仲介とリノベーションを提案するのが私の仕事。私のいる店舗には仕事とプライベートのバランスと充実した時間を追求する都会的なライフスタイルを求めているお客様が多く、住まいにも機能や価値を求める方が多い。そのため、住む人にとって心地よい空間へと作り変えるリノベーションの提案は必須であり特化している点は、他の店舗と大きく異なっている。

独身女性の30代以上のお客様が多く、家賃や月々の支払いよりも気に入るかどうかが決め手になったりする。もちろん不動産価値やスペックも加味しているが、InstagramやFacebookの“いいね”のボタンを押す感覚に近いものが重要だったりする。ひょっとしたら心のどこかで友だちからの“いいね”を期待しながら物件を探しているのかもしれない。

秋が近づいた頃、都心の山手、近所には緑地も多い高層マンションを見学したいという女性からメールが届いた。基本的にはメールで段取りを進めていくのもお客様のライフスタイルに合わせるため。緊急の場合以外は、電話をすることはほとんどない。

待ち合わせ場所にやってきたのは40歳くらいの女性。同じ女性として憧れてしまうオシャレなお姉さんだった。

「眺望はいいけど、築年数が気になるのよね。」

築年数の情報は伝わっていたが、はじめて見たマンションの経年変化は女性の想像を超えてしまっていた。もう一件、私が用意していた同じような条件のマンションに向かったものの、近所まで行くと「音が気になりますね」と大通りの騒音を理由にマンションに入るまでもなく見学は取りやめになった。

“テキパキと決断するかっこいい女性。そして、おしゃべり好き。”

それが最初に会った時の印象だった。



賃貸からの住み替えを検討している女性には“こだわり”があった。その“こだわり”は、眺望・エリア・周辺環境・築年数・予算といった“条件”とは違ってその女性だけが持っている感覚的なもの。やっぱりSNSの“いいね”と似た感覚かもしれない。多くの条件が揃った物件でも、女性自ら探し出した物件でも、何かしらのネガティブ要素があり“いいね”は見つからなかった。そして、あっという間に2ヶ月が過ぎていった。

「内装はいいけど、眺望がダメ。」
「築年数はいいけど、もっと広さが欲しい。」

見学した物件すべてに、いいところ、悪いところを評価してくれた。それは次の物件を探す手助けとなった。そして、女性にはひとつだけブレないものがあった。

“会社の同僚が住む街には住みたくない”

これが唯一、2ヶ月間変わらなかった“こだわり”だった。



年末が近づいた師走のある日、女性からメールが入った。

「頭を整理する必要があり、時間をください。」

物件探しの中断を伝える内容だった。私が2ヶ月の間に案内した物件は、10件を超えていた。他の仲介業者でも探していることを聞いていたので、相当な数のマンションを見学したのだろう。忙しい仕事をこなしながら週末にはマンション探し、心身ともに疲れ切ってしまったのかもしれない。頭の中を整理する時間が必要なのは私にも理解ができた。

一方で、マンション探しを諦めた“営業のお断りメール”のような気もしていた。それでも同じ女性として“もう一度、理想のマンションを思い描ければいいな”とも願っていた。

年明け、女性からメールが届いた。そのメールは私にとっては残念なもので、他の仲介業者が専属で扱う東京湾からほど近い人気エリアの高層マンションを購入することを決断した内容だった。

今までと同じようにビジネスレターのような形式ばった文章の中には、こんな一文が差し込まれていた。

「ごめんね。ほんとに、ほんとにごめんね。」

営業としては残念だった。でも、親しみを感じた一文は、営業とお客様の垣根を越えたような気がした。


妹とお姉さん


メールの最後に新たな依頼があった。

「大変申し訳ないのですが、リノベーションだけでもお願いできませんでしょうか?」

リノベーションだけの依頼は受けるべきでないという上司を説得して、私は女性からの申し出を受けた。理由は、営業としてはではなく、妹のように接してくれたお姉さんに報いたかったから。でも、営業とお客様の関係を越えてしまっていることもわかっていた。

“一番親身になってくれたから”と私からの仲介で購入したいとマンションの売主さんに掛け合ってくれたことをリノベーションの打ち合わせで知った。叶わなかったけれど、その気持ちは本当に嬉しかった。

入社して丸2年が過ぎ、お客様と同じ距離、同じ歩幅、同じ方向を向いた営業が正しいのか模索しながら毎日を過ごしている。

2019-05-11 17:26:18
あっ!!街中で繰り返す驚き。
偶然以上の運命を互いに感じ、心の距離を近づけたお客様と新人営業のお話






スポーティな装いのご夫婦が現地販売会場にやってきた。炎天下、同じ職場の仲間とサッカーを楽しんできたというから健康的だ。

「広い。駅も近いし。いいと思わない?」

ご主人に話し掛ける奥様の目利きは正しかった。十分な広さ、ゆったりした間取り、駅からの近さは、このエリアでは抜群の好条件。8棟あった物件は販売開始から数週間で残り1棟に。そんな人気物件を入社後間もない新人の私が担当になった。

「人気ありますので、早めの申し込みをお願いします。」

連絡先が記入されたアンケート用紙を受け取る時に伝えると、2・3日中には結論を出すと言いご夫婦は去っていった。

蝉の声も聞こえないほどのうだる暑さ。ご夫婦が去ってから小一時間後、私は涼を求めて近所のコンビニへ向かった。買い物を済ませ冷房の効いたコンビニを出るとムッとする暑さに全身が覆われ、販売物件へ重い足を運び始めた時だった。

「あっ!?」

先ほど見学したご夫婦が私の目の前に立っていた。軽く言葉を交わしただけだったが、この偶然の再会に私は何かを感じた。



その日、回収できたアンケートは1組分だけ。後片付けを済ませ、駅へと向かっていた時だった。

「あっ!!」

またご夫婦に再会した。ご丁寧にわざわざ自転車から降りたご夫婦は、驚きを隠すことなく私に近寄ってきた。

「えーっ、こんな偶然あるんですね!!」

奥様の声は、通り過ぎる人が“何かあったの?”とこちらに顔を向けるほど大きなものだった。偶然の再会は私にとっても周りの目など気にならない衝撃だった。

「偶然が重なれば、運命かもしれませんね。」

私は冗談っぽく声をかけた。今度はご夫婦も私と同じことを思っただろう。その翌日、始業と同時にご主人から電話が入り、ご夫婦は昼前に来店された。そして、今後のスケジュールや資金計画を確認すると申し込み書類にサインを入れた。



契約日の前夜、ご主人から電話が入った。

「本当に申し訳ありません。」

申し込み物件のキャンセルだった。

申し込みを終えた日の夜、最初に口を開いたのはご主人だったという。趣味や遊興だけでなく日々の生活費といったそれまでの生活水準を変えたくなかった慎重なご主人と、夢のマイホームのためならば多少の我慢もいとわない奥様は熟考を重ねた。ときには夫婦喧嘩になりかけたこともあったらしい。それでも新居の購入を諦めるのではなく、身の丈にあった物件を探し直そうとご夫婦の意見がまとまり契約前夜に電話をしてきた。

その翌日、ご夫婦はお詫びのために朝一番に来店され、経緯をすべて話してくれた。

「キャンセル・・・わかりました。その代わり次の物件も私に提案させてください!」

ご夫婦の考えを尊重した私は、そんな言葉を掛けることしかできなかった。

「本当にすみません。今後ともよろしくお願いします。」

そう言うと姿勢を正したご夫婦は頭を下げようとした。が、さすがに止めさせていただいた。初契約は流れてしまったが、偶然を繰り返したご夫婦との縁を繋ぎ止められただけで十分だった。



新しい物件探しは難航した。希望エリアの新築一戸建ての物件情報が乏しかったからだ。エリアや広さなど少し条件から外れてしまう物件でも私はご夫婦に提案し続けたが、やはり決定打に欠けていた。

「どの物件にしても、あなたと契約しますから。」

見学帰りの車の中、ご主人から声を掛けられるたびに虚しく響いた。

ある日、お客様から物件の提案があった。

「ネットでいい物件を見つけたんですけど扱えますか?」

私を信用頼してくれたこの言葉は本当に嬉しかったが、その物件は他の仲介業者が販売しており私が扱える物件ではなかった。すべての経緯を知る上司が動くと事態は変わった。売主様と親交のある上司の尽力で、幸運にも特例で扱わせていただけることになり、すぐにお客様を連れて見学に向かった。

「無理させちゃいましたよね?」

ご主人の気遣いが嬉しかった。


お互いの人生に関わる出会い


後日、お客様が見つけ出した物件は私の初契約となった。そして、契約後の売主様や施工会社との打ち合わせにお客様を送迎する機会が増えた。片道1時間の車の中の会話は、自然の流れでプライベートな話題になることもあった。

「彼女にプロポーズしようと思っているんです。」

私の“恋バナ”にテンションが上がったのは奥様だった。ご主人も会話に加わり自分たちの経験談とアドバイスを後部座席から送ってくれた。すると突然、ご主人が思わぬことを口にした。

「今から、婚姻届を取りに行きましょう!」

予想外の展開だったが、言われるがまま私は区役所へと車を走らせた。

三度出会ったあの日の偶然が、お互いの人生に大きく関わる出会いになるとは思ってもいなかった。今では偶然ではなく、運命に導かれた出会いなんだと思っている。

2019-05-02 14:53:52
マンションの売却と新築一戸建ての購入を綿密に計画するお客様。
大手デベロッパの担当営業とトラブルになり計画が頓挫しかけたお客様と信頼を勝ち得た新人営業のお話






「探してはいるんだけど・・・。」

幼子の手を引いた30歳くらいの男性は、現地販売する物件の外観を眺めながら私の問いかけに応じた。

“けど?”

そこが気になり男性に尋ねると、マンションの売却先が決定した後に新居を買いたいと教えてくれた。

“物件を購入していただくためには、まずマンションの売却だ!”

早速、私に売却を任せてほしい旨を伝えたが、男性はきっぱりと断った。

「もう3社にお願いしていますから。これ以上は増やしたくありません。」

そうですか・・・と、あっさり引く私ではない。数ヶ月の新人営業とはいえ苦い経験もしてきた私は“ここが勝負どころ!”と必死に食い下がった。電話を入れたり自宅を訪問したりとアプローチを続けると徐々に熱意は伝わっていった。

「熱い営業さんですね。仲介、よろしくお願いします。」

現地販売会で出会ってから一週間後、自宅マンションの仲介を任せていただけることが決まった。



それから一ヶ月後、ようやくマンションを見学したいというお客様を見つけ出した。

「買い手が見つかりましたので、マンションを見学させてください。」

喜ぶ男性の顔を頭に浮かべながら電話を入れたが、それは空想に終わった。

「決まっちゃったんですよ。ごめんなさい。」

2日前に大手デベロッパが買い手を見つけていた。もう少し早くその事実を確認していればという後悔もあったが、あとの祭りだ。ならば、まだ決まっていない新居の購入だけはなんとかお手伝いできないかと頭を切り替えた。



電話での交流が続き数日が過ぎた頃、マンションの売却はまだ契約が結ばれていない事実が判明した。その日を境に、男性は私に相談と愚痴を漏らす機会が増えた。多くはマンションの売却と新築物件の契約を同時に進める大手デベロッパの担当営業に関するものだった。

「新居の完成前にマンションを明け渡せって言うんだよ。」

マンションの明け渡しから大手デベロッパの物件完成までには少なく見積もっても一ヶ月のブランクがあった。新居への引っ越しと同時にマンションを明け渡すことを綿密に計画していた男性にとって、大手デベロッパ担当営業からの提案は受け入れられるものではなかった。マンションの買主に新居の完成まで引き渡しを延期するよう担当営業に交渉したものの“明け渡して欲しい”の一点張りだった。

悩む男性を見過ごせなかった私は、思い切って提案した。

「マンションの売却はそちらで、新居の方は私に任せてください。」

慎重に物事を進める男性だけに、考える時間が欲しいと言われると思ったが、即答で私の提案に乗ってきた。

「うん。実は他に気になっている物件があるんですよ。」

男性が打ち明けた物件は、私の担当する物件でも大手デベロッパの物件でもなく、男性がネットで見つけた新たな物件だった。

「すぐ見学しましょう!明日、行きませんか?」

唐突な私の提案に“えっ!?”と一瞬戸惑った男性も、一息入れると同意した。

「見学しないと話は前に進みませんからね。」

私はマンションの売却を諦めた。でも、その分の労力や時間を新築物件の提案に注げるようになったのだ。新人営業の私には相応だったのかもしれない。



翌日、男性が指名した物件の見学には、奥様と3人のお子様もいっしょだった。奥様は最新のシステムキッチンと水まわりに目を細め、お子様たちはマンションには無い家の中の階段をキャッキャと上り下りを何度も繰り返した。お気に召したと確信した私は、今回限りの特別な条件を提示した。

「そんなに?本当!?ちゃんと上司に確認取りました?」

売主様からいただいた特別な条件であり、上司にも了承を得ているものだった。

「ただ条件がありまして、それは『今日決めていただくこと』です。」

その言葉を聞いた男性と奥様はアイコンタクトを交わすと2・3度大きく頷き、店舗で詳しい話をすることに同意した。

数日後、契約を迎えた。

「一戸建てが買えるんだ・・・。」

奥様の目元には、薄っすらと光るものがあった。その意味を私がちゃんと理解したのは数日後のことだった。


信頼の証


“住宅ローンの審査が通らないかも・・・”

そのことはご夫婦もよく理解していた。上司の提言で、ハウスプラザと長い付き合いの金融機関で審査を行った。

「新築一戸建てを買えるなんて正直思っていませんでした。」

男性は資金計画の打ち合わせ中に、ぼそっと言葉を漏らした。自営業の男性はマンションを購入する際のローン審査で苦労した経験があり、新たな住宅ローンも厳しいことになると思っていたようだ。当時の苦労を思い出し、奥様は涙を浮かべていたのだった。

「新しいスマホ買ってもいいですか?」

住宅ローンの決済前、こんなことまで相談していただけた。それは信頼された証のようで嬉しかった。

2019-04-25 12:40:55
一家の柱となって新居の購入に踏み出す男性。
そして、いつもその傍にいる義弟。
住む場所を失いかけた家族と新人営業の話






“大雨の日にお客様は来るのか?”

台風の影響で朝から大雨強風。「こんな大雨の日に来るお客様は激アツだぜ!」と先輩は言っていたが、それが滅多にないことくらいは新人の私でもわかっていた。

そんな土曜の昼過ぎ。2棟の建売物件前に立つ私のところに、傘をさした30歳くらいの二人の男性がやってきた。

「あとからまだ来ますから。」

男性の後ろに視線を向けると、ぞろぞろと4つの傘がこちらに向かってきた。初めに声をかけてきた男性が物件を探し、もう一人は物件を探す男性の妹さんの旦那さん、すなわち義弟だった。

「どうぞ。見学していってください。」

物件内部へ誘うと、奥様と妹さんのあとに義弟が続き、傘と靴を揃えたお母さんと姪っ子さんが遅れて続いた。物件探しの張本人である男性は最後に物件の中に入り、さっとひと通り見学すると誰よりも早く玄関先の私のところに戻り会話を重ねた。

男性と奥様は実家近くのアパートで暮らし、実家にはお母さんと妹さん家族の4人が暮らしていた。しかし、老朽化した賃貸の実家を明け渡すことが決まり、4人が安心できるよう6人で生活できる新居を探し始めたという。

私は二つの疑問を感じた。一つ目は、6人が住むには物件が小さすぎるということ。二つ目は、お母さんだけでなく妹さん家族の同居まで男性が面倒を見ること。ほんの一瞬出たかもしれない私の表情を読み取った男性は照れ笑いを浮かべながら言った。

「長男ですから、一応・・・。」

もう1棟も同じように熱心に見学する5人。そして、同じように玄関先で私と会話を重ねながら「どんな感じ?いいかな?」と5人に声をかける男性を、私は“明るくてしっかり者のお兄さん”という印象を持った。

見学を終えた5人の満足そうな顔を見た男性は、少し詳しい話を聞きたいと言い、男性と義弟、そして「両方買えたらいいのにね」と漏らしたお母さんを私の車に乗せて店舗へと移動した。



店舗では資金的な話がメインとなり、ここからは店長も同席した。男性は義弟と同じ公共サービスに従事しており、相応に蓄えもあった。住宅ローンも問題なく組めるだろうと店長が判断すると、お母さんの表情が緩んだ。住む場所が見つかり、ほっと安心したのだろう。

「母さんと妹の住むとこ見つかったな。」

そう言うと男性はやや広めの方の物件を申し込み、その翌日には契約を済ませた。



男性のご自宅と店舗は離れていたこともあり、その後の打ち合わせのメイン会場は契約物件のリビングになった。そして、男性の傍には奥様ではなくいつも義弟が同席した。

ある日の打ち合わせで店長がつぶやいた。誰もが気になっていたが、暗黙の了解で誰も口にしなかったものだ。

「6人で住むには狭いですよ。風呂・洗面所・トイレ、きっと大変ですね。」

それが意図的な発言だと店長から聞かされたのは、その日の打ち合わせ後だった。しかし、店長のその一言に義弟が即座に反応した。

「2・3年後には独立も考えているんですけどねぇ・・・。」

何かを察した義弟は、店長の話を煙に巻いた。隣の男性も何やら言いたそうだったが、それを胸の奥深くに飲み込んだ。

「もう1軒の方、義弟さんで決めようか。」

打ち合わせから帰る車の中で店長からその言葉を聞いた。でも、私はあの義弟が首を縦に降るとは思わなかった。



物件を契約した男性と義弟が同じ職場で働いていたことから、義弟の収入をある程度は把握していた。しかし、人生を左右する決断に立ち向かう覚悟がないことも私は会話の端々から感じ取っていた。

ところが、義弟はもう1棟の物件を契約した。義弟を導いたのは店長の丁寧な説明だった。資金的に手が届くとわかり、義弟は自分や義兄の家族が増えることを想像したのかもしれない。でも、一番の理由は家族を思いやる“義兄の存在”に違いない。

「大丈夫かなぁ。不安なんだよなぁ。」

妹さん夫婦を気遣う男性は、とにかく家族を思い、素直に気持ちを表現する人物だった。

初めて物件を見学した時には、一緒に住む家族全員の声に耳を傾けた。そして、住宅ローンの打ち合わせ中に、「家族の一生がかかっています。」と土下座したこともあった。

その姿を見たとき、嬉しいとも悲しいとも明らかに違うよくわからない複雑な感情が私を支配し、こみ上げてくる何かを必死に堪えるだけしかできなかった。


一番不安を抱えていた人



引き渡しから2週間後、挨拶に行った。応対してくれたのは男性夫婦と生活するお母さんだった。

「家を買ったんだから、しっかり頑張らせます。」

お母さんのその言葉は、息子さんではなく義弟に向けられたものだった。そして、家族の柱となりつつある息子さんの成長を心の底から喜んだ。住む場所を失いかけた家族の中で、一番不安を抱えていたのは、お母さんだった。

2019-04-12 15:28:43
新人営業ができることを自分なりに考え行動に移す。
それによって契約を決意したお客様と新人時代を振り返り行動に起こした営業マンの話






「新人は一生懸命な姿を前面に出せ!」

何もわからない新人営業に向けた上司の言葉だった。

“今の自分にできることって、いったいなんだろう・・・”

知識も経験もない私ができること。それは限られていたが、考えて導き出した答えは“物件を大切に扱うこと”だった。

“まずは掃除からだ!”

会社にあったホウキ・雑巾・バケツなどの掃除用具を自転車のカゴに詰め込み、初めて担当を任された物件に向かった。すでに申し込みをいただいていた物件だったが、思い入れのあるその物件を私は選んだ。

お客様に少しでもいい印象をもって貰いたい。そう思いながら、物件の外回りから2階建て4LDKの新築物件を隅々まで清掃した。完成したばかりの新築物件は、汚れた箇所など見当たるはずもない。それでも、外回りには風で運ばれてきた枯れ草があり、窓には風雨で薄っすら砂埃が付いていた。一見綺麗に見えた内部も、漂っていた埃や小さな木屑が床面に舞い降りていた。

薄汚れた雑巾とかき集めた屑。きっと誰も気付かないだろうけど、その分だけ綺麗に見えるはずと思えば、清々しい気持ちになった。



数日後、私にとって初契約となる日がやってきた。申し込みを終えた日、お客様をご自宅まで送る車中で「本当にいいのか!?予算オーバーだよなぁ。」と悩まれていたことをハッキリ覚えている。それが数日前に掃除した思い入れの強い物件のお客様だった。そして、そのお客様が来店された。

「あの物件、家族で話し合って『止めよう』かと・・・。」

お客様は来店早々、椅子に座るよりも前に私と店長へ話しかけてきた。初契約が流れると思った私は、全身から力が抜けていく瞬間を初めて味わった。

店長に促され席に着いたお客様は話を続けた。予算オーバーしてまで無理をする必要はないという一方で、物件は自分たちが思い描いていた理想にピッタリだった。無理と理想の葛藤は、前者が上回っていたものの諦めきれない気持ちもあった。家族で話し合ったお客様は、諦めきれない気持ちを断絶するために来店される数日前に物件を訪ねたらしい。

“最後に物件を見て、何も感じるものがなければ諦めよう”

自分たちにそう言い聞かせて物件へ近づいた時、小学生のご長男が物件の中に誰かがいることに気付いた。家の中にいた人物は私だった。あの日、掃除に集中していた私はお客様に気付かず、お客様は私に声を掛けるでもなくじっと外でその様子を眺め続けていたのだった。

「あれを見て決めましたよ。契約します。」

その言葉を聞いた私は、全身に力がみなぎってくる瞬間を初めて味わった。



それが私の初契約だった。その後も引き渡しまで担当として精一杯努めたものの、お客様にとっては新人営業では至らない点がいくつかあった。間違いがあってはいけないと多くを一旦持ち帰る慎重さを上司や先輩は評価してくれたが、お客様にとっては手際の悪さと写り、もどかしかったようだ。

お客様のそんな様子を感じ取った私は、顔を合わせにくくなる。観葉植物と洋菓子を持参した引き渡し後の挨拶が、最後の顔合わせとなった。

それから5年以上が過ぎ、私もトップセールスを取れるまでに成長できた。毎年入社してくる後輩たちをみては、当時の自分を振り返る余裕さえできた。そんな時、この体験談を社内で話す機会があり、やり残しがあったことに私は気付いた。



ある日の夕方、私はアポイントを取らずにお客様の自宅を訪ねた。インターホンで応対してくれたのは当時小学生だったご長男。次いで奥様が玄関先に出てきてくれた。

「おひさしぶりです。」

最初は私に気付かなかったが、名乗るとすぐに奥様は思い出してくれた。不具合はないかといった当たり障りのない会話から入り、契約当時の手際の悪さからご迷惑をかけたことを素直に詫びた。

「そういうこともありましたね。」

少し目尻が下がった奥様は、今だからと前置きをしつつ頼りなかった新人営業だった私の印象を話してくださった。

そんな私が当時の経験を活かしてトップセールスで表彰されるまでに成長したことを伝えると、少し耳が痛いことを言われてしまった。

「はじめてお会いした時より、太りましたね。」

口元を押さえた奥様の目尻は、限界まで下がっていた。


会いたくないお客さま


またお伺いすることを伝えると、奥様から「ぜひ寄ってください。」という言葉とともに励ましの言葉をいただいた。

5年以上気にかけていたモヤモヤがスッキリと晴れ渡った。と同時に、“もう少し早く行っていれば・・・”という気持ちも芽生えた。

会いたくないお客様は、営業マンならば誰もがいるものだ。でも、やってみて思った。

“会いたくない人ほど、会いに行くべきだ”

忘れかけていた新人営業時代の新鮮な気持ち。それを、もう一度味わうことができるから。

2019-04-04 15:03:20
息子さん家族が住むための物件を見学する年配女性。
息子さん家族のため?自分のため?
誰よりも思いの強かったお客様と出会った新人営業のお話






「おうちのなか、見れるの?」

建築途中の現場に、年配の女性が現れた。貼り掛けの外壁が家の外観を形作った程度で、その内部は柱と梁などが確認できるだけの状態だ。年配の女性は基礎を跨ぐたびに「よいしょ」と声を出し、私のスマホの明かりだけを頼りに見学した。

「息子たちに住んで欲しいのよ。」

その物件のすぐ裏に住んでいるという年配の女性は、徒歩10分のマンションに住む息子さん家族を“より近くに・・・”と願っていた。

「息子たち連れてこようかしら。今日は何時までいるの?」

来てくれたらラッキーくらいのつもりで18時までは待機していることを伝えると、その年配の女性は帰っていった。

(あぁ、またこのパターンか・・・。)

近くに団地があり同じ考えを持ったご高齢の見学者を私は何度も応対していた現場だった。しかし、やはりというべきか、その後にそれらしき見学者が現れることはなかった。



翌日の現地販売では数組の来場客があったものの“いいですね”や“欲しいなぁ”といった大雑把な感想ばかりで、アンケート用紙の回収もできない“見たいだけの来場客”が続いた。

西に日が傾き始めた頃、前日見学した年配の女性と午前中に見学した家族がチラチラとこちらに視線を向けながら道端で立ち話をしていた。お母様と息子さん家族だとそこで気付いた。私は歩みを進めてご家族の会話に加わり、そこでお客様の生の声を理解した。木材の露出した建築途中の物件を見学しても何もイメージできない。見たいだけの来場客と思っていた中には、質問が浮かばず“いいですね”や“欲しいなぁ”といった感想になってしまう人がいることをその時に知った。

「内装を確認できる完成物件が近くにあります。見学してみませんか?よろしかったら声をお掛けください。」

あと2~3時間はこの場にいることを伝えて私は持ち場に戻った。そして、その輪がお母様の自宅へと向かう様子を少し離れて見届けた。

それから数時間後、お母様と息子さん家族が再びやってきた。

「これから見れます?」

私が紹介した完成物件は、これから外食するというご家族が週末によく利用しているレストランの近所にあり、早速見学に向かった。

家具が配置された同じ売主の完成物件での見学は、非常にイメージがつきやすかったのだろう。間取り・広さ・階段・設備などに具体的な細かい質問が寄せられた。購入への意欲が感じられた私は、優れた点ばかりだけでなく、利用者が補うべき注意点も漏らさずに説明した。その説明に一番大きな反応を示したのは、お母様だった。私の説明に合いの手を打つように“そうなの?”“いいわね!”と声をあげ、息子さん家族の購入意欲を後押しした。

「あとは金額次第かなぁ・・・。」

息子さんの言葉は購入へ前向きな意思を示し、この時に初めてアンケート用紙の記入に応じてもらえた。

「連絡先は、母さんの携帯でいいよ。」

教えられた連絡先は、最初に物件を見学したお母様のものだった。お母様は断ることなく「私から連絡すればいいもんね」と、むしろ喜んで引き受けた。息子さん家族が今よりも近い場所に移り住むことが現実味を帯びてきたからだった。



数日後、資金的な話を聞きたいとお母様から連絡が入り、私と店長はお母様の自宅を訪れた。土曜日だったが息子さんは仕事のために不在で、お嫁さんだけがいらっしゃった。

息子さん家族はローンを完済したマンションに住んでいた。それを貸し出し、賃貸収入を新居の住宅ローンに充てる資金計画は負担が最も小さくなると判明した。

店長から資金計画の説明を受けて納得した様子のお嫁さんは、携帯電話を取り出すと仕事中のご主人に電話を入れ、想像よりも負担が小さい資金計画を嬉しそうに伝えた。

「うん、わかった。そうするね。じゃあ、仕事頑張って。」

電話を切ったお嫁さんはご主人の意向を私たちに伝えた。

「決めました。買います!」

その日は資金計画の話だけと思っていた私と店長にとって、思いもよらぬ嬉しいハプニングだった。でも、そのハプニングを誰よりも喜んだのは、お嫁さんの横で満面の笑みを浮かべたお母様に違いない。


息子家族のための用意



購入を決意したものの、正式な申し込みには売主への支度金が必要だ。しかし、土曜日に金融機関の窓口は開いていない。

「今用意できるのは、せいぜい・・・。」

お嫁さんが口にした金額は、支度金としては十分なものではなかった。が、次の瞬間、お母様が動いた。

「これで足りるかな?」

お母様はタンスから銀行のロゴが入った封筒を取り出すとお嫁さんに手渡した。

「一度決めたらこういうのは早くしないとね。」

やはり新居への思いが一番強いのは、紛れもなく息子さん家族を待つお母様だった。

2019-03-28 16:27:54
入社前に見た不動産業界を扱ったドラマ。
その主人公のようなエリートを目指し、そこから多くを学んだ新人営業のお話







入社前、不動産業界を扱ったドラマを見ていた。主人公は、ちょっと変わった営業マンだったが、立ち居振る舞いがとてもカッコよく、契約を勝ち取る姿を見て“こんな世界に入るんだ”と意識を高めていた。

入社後、初契約に対する思いが希薄な同期が多い中、私は恵まれていた。初契約のお客様とはとてもいい人間関係が作り出せ、とてもいい時間と経験が得られた。

早々に初契約の実績を作り、それから一ヶ月も経たない頃に別のお客様からメールで物件の問い合わせが入り私が担当することになった。すぐさま電話でアポイントを取り、来店していただく約束も取り付けた。

順調なスタートを切った新社会人の私は“ドラマの主人公のようなエリート営業マンになる”という思いを強くしていった。



お客様の希望する物件だけでなく近隣の物件も見学できるように事前準備をしたが、来店されたお客様はピンポイントでその物件だけの説明を求め、私が用意した他の物件にはまったく興味を示さなかった。

お客様をご案内したのは築15年ほど経過した中古物件で、同じ条件の新築と比較すれば3割以上も販売価格が抑えられたものだった。内装も自分たちの好きなように変えられる中古物件をお客様は探し求めていたのだった。

「しばらくは自分たちで住んで、ゆくゆくは賃貸にしようと思ってます。」

駅から商店街を抜けて徒歩10分。近くにはコンビニやファミレスもある。将来的な活用法もお客様は考えていた。

新人とはいえ自分は不動産を扱うプロだ。そして、あのドラマの影響もあって、こんな意識が芽生えた。

“不動産のエリート営業マンになるんだ!”

そのためには、お客様の質問や要望にはテキパキと応じなくてはいけない。少しの間がお客様に不安を与えてしまうかもしれない。そう思った私は、土地や建物だけでなく公共サービスなど多岐に渡るお客様からの質問を無難に答えていった。

「ここは防火地域ですか?準防火地域ですか?」

その質問にも、私は即答した。

「防火地域です。」

その答えにお客様は、“えっ!?”と目を大きく見開いて驚きの表情を浮かべた。見学帰りの車中、アパート経営や投資目的で不動産を複数所有しているお客様は私よりはるかに不動産に詳しい方だった。それを知った時、時折やってしまった適当なあいづちや曖昧な回答がフラッシュバックで蘇ってきた。浅はかだった自分を省みて、本気で消えて無くなりたいと思った。



帰社後に調べてみるとその物件は準防火地域にあり、お客様が驚いた表情をした意味を知った。防火地域の建物は原則として鉄骨や鉄筋などの耐火建築物でなければならないにもかかわらず、見学したのは木造の中古物件だった。

一度失ったお客様からの信用は簡単に取り戻せるものではない。上席が同席した資金計画の打ち合わせで、お客様と私のズレた認識は関係を決定づけるものとなった。

数日後、契約の時を迎えた。転勤によって上席が異動となり、新たに別の上席が契約の場に同席することになった。売買価格や諸事項が記された契約書は事前に前の上席に確認を済ませており、つつがなく契約されるものと思っていた。が、そうではなかった。

「これじゃ、契約できません。あなた担当なんだから聞いてましたよね?」

私に向かって“どうなっているんだ!?”と強い視線で訴えるお客様。私はただ呆然とし、また、初めて挨拶した上席がその言葉の意味を知る由もなかった。お客様の認識していた売買金額よりも大きなものが売買契約書に記載されていた。資金計画の打ち合わせの際の認識のズレがここで現れた。私にも言い分はあったが、それを主張したところでお客様が契約書にサインするはずがないこともわかっていた。そして、押し黙る私に上席から指示があった。

「私に任せて、この場は・・・。」

私はその場から外れることになった。それ以前からお客様に不信感を抱かせてしまった私にも問題があった。以降は契約に同席した上席がお客様を担当することになり、私は深く反省する毎日を過ごすことになった。


戒めのメール


その後、担当を引き継いだ上席がトラブルを解決して契約までたどり着けたものの、私はそのお客様にご挨拶さえできなかった。

しばらくして上席に呼ばれデスクに向かうと、お客様からお礼のメールが届いたことを知った。

“ハウスプラザからとてもいい物件を購入することができました。お近くにお越しの際には、ぜひお立ち寄りください。本当にありがとうございました。”

本来ならば私が貰えていたはずのメールだ。しかし、私は何もできない営業マンだった。そう思うと悔しかった。

その場しのぎを止め、わからないことはわからないと正直に伝え、後からでも正しい報告ができる人にならなければいけないと自分の心に誓わせた戒めのメールだった。そして、もうひとつ心に誓った。

“もう二度とカッコつけない・・・”と。

2019-03-21 15:01:57
駐車場代がもったいない。
愛車のために駐車場付きの物件を選ぶと思いきや・・・。
新たな方向へ歩みを進めたお客様と営業のお話






「駐車場代がもったいないんですよ。」

電話の主のひと言目は、賃料の相談だった。1LDKの分譲マンションに住み、愛車のために月極め駐車場を借りているという。車を手放せば済む話と誰もが思うように私もそう思ったが、車好きに愛車を手放す選択肢はなかった。

「駐車場なら・・・、一戸建て物件をご覧になってみませんか?カースペース付きの物件もございますよ。」

別の選択肢に電話の主は応じ、来店までの間に見学する物件を絞り込んだ。



50歳くらいの男性がひとりでやってきたのは、電話を切ってから2時間ほど過ぎた頃だった。選び出した3棟の完成物件をお店で簡単に紹介し、1棟目の物件に向かった。

あらかじめ聞いていた条件は“駐車場付き”で“通勤に便利なJR線の駅近く”だけで、1棟目はその2つの条件だけを満たす物件だった。

「ご家族、何名でお住まいになるのでしょうか?」

多くのお客様があげる“広さ”や“間取り”が条件の中に含まれず、気になった私はやんわりと質問した。

「今は独り身なので。部屋数は気にしません。」

とはいえ、1棟目の狭小物件は10分も見学することなく次へと向かった。2棟目の評価はまずまずだったが決定力に欠け、最後の物件を見て判断することになった。

私の中では一番推し勧めたい3棟目の物件見学を開始した。2件に比べると駅からの距離はやや遠くなるもののJR山手線が最寄り駅になるポイントは効果絶大で、平均的な間取りや広さと販売価格は掘り出し物と言っても過言ではなかった。そんな好条件に会話も弾みはじめた頃、耳を疑う声が飛び込んできた。

「ここにしましょう!」

それは私がお連れした男性ではなく、先に見学していた他のお客様のものだった。男性の耳にもその声は届いた。“他人が良いと評価したものならば、自分も欲しくなる”そんな心理状況だったのだろう。諦めきれない気持ちを撒き散らすように男性は物件を称賛した。

「もし、よろしければ・・・。」

私は見学している物件の隣で建築中の物件を掌で指し示した。間取りや広さの違いこそあれども同じ売主の多棟物件であり、男性が望む“駐車場付き”で“通勤に便利なJR線の駅近く”に変わりはない。男性の意思は固まり、資金計画の話をするためにお店へ戻ることになった。



お店に戻り資金計画の話を開始すると、男性は上場一流企業に勤務していることが判明した。所有するマンションはすでにローンも完済しており、すんなりと売却の意思を示した。

(これならば、間違いなく住宅ローンは組めるはず・・・)

そう思った矢先に大きな問題点が発覚した。愛車を購入したローンが残っていると男性から聞かされたからだ。

(えっ・・・、このままでは住宅ローンが組めないじゃないか・・・)

私は思わず困惑のあまりそれを表情に出してしまった。このままでは住宅ローンが組めないことを伝え、男性にとって敢えて酷ことを尋ねた。

「愛車を一旦、処分できませんか?それが無理でしたら住宅の方は・・・。」

愛車を売却してマイカーローンを完済したのちに住宅ローンを組む提案を行った。“駐車場代を払うのがもったいない”という相談からはじまったものが、“家を購入する代わりに愛車を手放す”となれば本末転倒だ。男性は、しばらくじっと瞼を閉じて考え込んだ。

「うん、そうですね・・・。わかりました。車、処分しましょう。」

男性にとっては断腸の思いだったはずだ。しかし、その決断を揺らがないものにするため男性はその日に申込書へ、翌日には契約書へサインを入れた。さらにその翌日には、買取ディーラーによって愛車は引き取られていった。



物件の引き渡しを終え、その男性と飲みに行く機会があった。酔いが程よくなった頃、男性はぽつりと言葉を漏らした。

「あの時の表情を見て、あなたなら信じられると思ったんですよ。」

愛車の残債が判明した時の困惑した私の表情だった。売りたいだけの営業マンは数多く見てきたという男性は、困惑しながらも姑息な手段に走らず親身に最善の選択肢を提案してくれたことがとても嬉しかったという。だから愛車を手放してもいいと思えたと言った。

愛車が買取ディーラーのトレーラーに乗せられて去っていく姿を見送る時、こんなことを思ったらしい。

「ドナドナって知ってる?そんな気分だったよ。」

笑いながら話す男性の瞳が薄っすら充血していたのは、お酒に酔っていただけではないと思った。


新たなこと


その後、定例化したお酒を交わしている時だった。

「いやぁ、車買っちゃったよ。今度のはさぁ・・・。」

男性は満面の笑顔になると少年のように瞳を輝かせて新たな愛車について語り出し、私はそんな男性がちょっと羨ましいと思った。

その男性とは、営業とお客様の関係を超越した新たな関係が今も続いている。

2019-03-18 16:11:07
店長のロープレ研修。
その数日後、それが活かされるお客様との出会い。
ちょっとコワモテのお客様と新人営業を見守る店長と新人営業のお話






大学で民法を学び、それを活かそうと思ってハウスプラザに就職した。知識も経験も営業スキルもない私には部活動で培われた洞察力や体力があった。それに気付いたのは、お客様とお会いするようになってすぐだった。

足りないものを補ってくれたのは、店長や先輩だった。店長は自らの時間を削り営業に必要なアポイントの取り方や物件の提案方法などのロールプレイングを定期的に実施してくれた。それらはメリットとデメリットの説明だけでなく店長の経験談はとても勉強になった。

そして、日常業務の中でわからないことを丁寧に教えてくれたのは先輩だった。営業として実績を残しながらも数字では評価されない雑務など店舗全体のことを考えて黙々と働く姿に憧れさえ抱いた。



恵まれた環境で仕事をしている私は、お客様にも恵まれているのかもしれない。現地販売会場にいた私の携帯に店長から電話が入った。

「これからお客様がそっちに行くから。一度、電話してみて。」

指示に従いお客様の連絡先へ電話を入れると、ご自宅へお迎えに上がることになった。インターホンを押し、はーいという声とともに扉が開いた瞬間、私は固まった。運送業で働くご夫婦の出で立ちに圧倒された。とくにご主人は昭和の名優菅原文太さんの若い頃にそっくりで、声を掛けがたい雰囲気を醸し出すコワモテだった。ただ、話してみると明るく気さくで、とても丁寧な言葉を使うご夫婦だった。

「こっちの物件の方に興味あるんですよね。」

お客様から伝えられたそれは、なんと数日前に店長からロールプレイングによる研修を受けていた“借地権付き物件”だった。

「ご存知ですか?」

物件見学へ向かう車中、研修で学んだことをお客様にお伝えしていった。

「毎月地代を地主に払うかわりに、土地にかかる固定資産税はゼロですから。」

借地権付き物件のメリットとデメリットを説明するとお客様は、なるほどと理解を深めていった。

いくつかの物件見学を終えたころには緊張感も薄れ、お客様も新人営業の話に耳を傾けて会話が続くようになっていた。

「話しやすい営業さんでよかったです。」

他の不動産屋の営業とはソリが合わなかったというお客様は、“打ち合わせをするためにお店へ”という私の提案に快く同意した。



お店に到着すると、店長を交えた4人で物件の打ち合わせを行った。絞り込んだ物件は、お客様が最初から気にしていた借地権付き物件だった。

「借地権付きはですね・・・。」

経験豊富な店長の丁寧な説明にお客様は強く関心し、信用の度合いを高めていった。そして、借地権付き物件を購入する場合、住宅ローンが限定されてしまうことをお客様に伝えたのも店長だった。

「ちょっと調べてきてごらん。」

店長に促された私は自分のデスクに戻り、運送業のお客様が借地権付き物件で組める住宅ローンを調べはじめた。近くにいた先輩もいっしょになって探してくれたが、それは見つからなかった。

(住宅ローンが組める銀行がないと知れば、お客様がっかりするだろうなぁ・・・。)

お客様と店長のいるテーブルに戻り、言いにくいことを伝える経験がなかった私が立ったままの姿勢でいると店長から声がかかった。

「今から別の物件を見に行くことになったから準備して。」

広さこそ劣るもののエリア・間取り・価格帯といった条件はお客様の要望にぴったりで、土地の所有権もある通常の物件を私の離席中に店長が提案し、お客様がそれを望んでいた。



日はすっかり落ち、あたりは真っ暗になっていたが、店長とともに案内した物件をお客様はとても気に入り、その日のうちに申し込みを済ませるためにもう一度お店に戻った。

「いい物件に出会えました。」

申し込み書類にサインしたお客様は満足そうに笑みを浮かべた。そして、ふうとひとつ大きく息を吐いて疲労感をあらわにした。それもそのはず、新しい日付を迎えていた。

申し込みを終えたお客様をご自宅に送り届けたあと、お疲れ様でしたと声をかけた私に店長が言葉を返した。

「おつかれ。お前に任せて良かったよ。」

店長の言葉は、心身ともに疲れ切った私にズシリと重く響き、仕事への充足感をより満たしてくれた。


コワモテ夫婦とのその後


引渡し後にお客様の新居へ挨拶で伺ったとき、感謝の言葉をいただいた。

「いい家を紹介してもらいました。本当にありがとうございます。」

不動産の営業マンであればいい物件を紹介するのが当たり前で、諸先輩方は多くのお客様からいただいている言葉かもしれない。しかし、新人営業の私は“感謝されること”がこんなにも嬉しいものだと初めて気付かされたお客様だった。

ちょっとコワモテのご夫婦からは、今もときどき食事のお誘い電話が入る。そんな関係になれたことが嬉しくあったりもする。

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