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2019-03-21 15:01:57
【泣ける住宅購入】本末転倒?の駐車場付き物件をえらぶ男性
駐車場代がもったいない。
愛車のために駐車場付きの物件を選ぶと思いきや・・・。
新たな方向へ歩みを進めたお客様と営業のお話






「駐車場代がもったいないんですよ。」

電話の主のひと言目は、賃料の相談だった。1LDKの分譲マンションに住み、愛車のために月極め駐車場を借りているという。車を手放せば済む話と誰もが思うように私もそう思ったが、車好きに愛車を手放す選択肢はなかった。

「駐車場なら・・・、一戸建て物件をご覧になってみませんか?カースペース付きの物件もございますよ。」

別の選択肢に電話の主は応じ、来店までの間に見学する物件を絞り込んだ。



50歳くらいの男性がひとりでやってきたのは、電話を切ってから2時間ほど過ぎた頃だった。選び出した3棟の完成物件をお店で簡単に紹介し、1棟目の物件に向かった。

あらかじめ聞いていた条件は“駐車場付き”で“通勤に便利なJR線の駅近く”だけで、1棟目はその2つの条件だけを満たす物件だった。

「ご家族、何名でお住まいになるのでしょうか?」

多くのお客様があげる“広さ”や“間取り”が条件の中に含まれず、気になった私はやんわりと質問した。

「今は独り身なので。部屋数は気にしません。」

とはいえ、1棟目の狭小物件は10分も見学することなく次へと向かった。2棟目の評価はまずまずだったが決定力に欠け、最後の物件を見て判断することになった。

私の中では一番推し勧めたい3棟目の物件見学を開始した。2件に比べると駅からの距離はやや遠くなるもののJR山手線が最寄り駅になるポイントは効果絶大で、平均的な間取りや広さと販売価格は掘り出し物と言っても過言ではなかった。そんな好条件に会話も弾みはじめた頃、耳を疑う声が飛び込んできた。

「ここにしましょう!」

それは私がお連れした男性ではなく、先に見学していた他のお客様のものだった。男性の耳にもその声は届いた。“他人が良いと評価したものならば、自分も欲しくなる”そんな心理状況だったのだろう。諦めきれない気持ちを撒き散らすように男性は物件を称賛した。

「もし、よろしければ・・・。」

私は見学している物件の隣で建築中の物件を掌で指し示した。間取りや広さの違いこそあれども同じ売主の多棟物件であり、男性が望む“駐車場付き”で“通勤に便利なJR線の駅近く”に変わりはない。男性の意思は固まり、資金計画の話をするためにお店へ戻ることになった。



お店に戻り資金計画の話を開始すると、男性は上場一流企業に勤務していることが判明した。所有するマンションはすでにローンも完済しており、すんなりと売却の意思を示した。

(これならば、間違いなく住宅ローンは組めるはず・・・)

そう思った矢先に大きな問題点が発覚した。愛車を購入したローンが残っていると男性から聞かされたからだ。

(えっ・・・、このままでは住宅ローンが組めないじゃないか・・・)

私は思わず困惑のあまりそれを表情に出してしまった。このままでは住宅ローンが組めないことを伝え、男性にとって敢えて酷ことを尋ねた。

「愛車を一旦、処分できませんか?それが無理でしたら住宅の方は・・・。」

愛車を売却してマイカーローンを完済したのちに住宅ローンを組む提案を行った。“駐車場代を払うのがもったいない”という相談からはじまったものが、“家を購入する代わりに愛車を手放す”となれば本末転倒だ。男性は、しばらくじっと瞼を閉じて考え込んだ。

「うん、そうですね・・・。わかりました。車、処分しましょう。」

男性にとっては断腸の思いだったはずだ。しかし、その決断を揺らがないものにするため男性はその日に申込書へ、翌日には契約書へサインを入れた。さらにその翌日には、買取ディーラーによって愛車は引き取られていった。



物件の引き渡しを終え、その男性と飲みに行く機会があった。酔いが程よくなった頃、男性はぽつりと言葉を漏らした。

「あの時の表情を見て、あなたなら信じられると思ったんですよ。」

愛車の残債が判明した時の困惑した私の表情だった。売りたいだけの営業マンは数多く見てきたという男性は、困惑しながらも姑息な手段に走らず親身に最善の選択肢を提案してくれたことがとても嬉しかったという。だから愛車を手放してもいいと思えたと言った。

愛車が買取ディーラーのトレーラーに乗せられて去っていく姿を見送る時、こんなことを思ったらしい。

「ドナドナって知ってる?そんな気分だったよ。」

笑いながら話す男性の瞳が薄っすら充血していたのは、お酒に酔っていただけではないと思った。


新たなこと


その後、定例化したお酒を交わしている時だった。

「いやぁ、車買っちゃったよ。今度のはさぁ・・・。」

男性は満面の笑顔になると少年のように瞳を輝かせて新たな愛車について語り出し、私はそんな男性がちょっと羨ましいと思った。

その男性とは、営業とお客様の関係を超越した新たな関係が今も続いている。