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2019-02-26 16:32:58
不動産営業を警戒する女性。
時間をかけて聞き出した条件は“和室”があること。
女性の警戒心を拭い去り、多忙なご主人からも信頼を得た新人営業のお話






学生時代にアメリカンフットボールをやっていた。ポジションはワイドレシーバー。俊敏性とキャッチング技術を武器に、相手をかわす冷静な分析力も必要だ。同期にはアメフト経験者が多く「営業も戦術で戦うアメフトみたいだよな。」なんて会話も交されるようになっていった。

とはいえ、お客様相手は簡単なものではない。実践での経験と上司や先輩のアドバイスは新人営業の私には欠かせないものだった。

私が現地販売物件の前に立っていると道路の向こう側に1台の車が止まった。車から降りてこちらに向かってくるものだと思っていたが、その様子はない。そこで私の方から車に近寄り声をかけてみた。

「物件をお探しですか?」

その声に反応するように、ウィンドゥが半分だけ降りた。車内は女性ひとりだった。

「物件資料をいただけますか?」

数日前に、資料を渡すと話す暇もなくすぐに帰られてしまったことがあり、じっくり話をしたかった私は、無理に車外へ連れ出そうともせず、半分だけ下げたウィンドゥ越しのままの距離を保ってしばらく会話を続けた。

「ご覧の通りまだ更地ですので、イメージできないと思いますが・・・。」

物件を紹介しながら、たまに女性に質問していく。それを繰り返しながら少しずつ警戒心を解いていくと、過去の経験で不動産営業への不信感を抱いていることを話してくれた。

「あいにく、今すぐにお渡しできる物件資料が手元にありません。ご来店頂けませんか?」

その翌週、その問い掛けに応じ、女性はひとりでお店にやってきた。



新人営業ということが幸いしたのかもしれない。その女性は少しずつ警戒を解くように、エリア・価格・広さ・間取りなどの条件を話してくれた。なかでも女性がもっともこだわった条件があった。

「和室が欲しい!布団じゃないと落ち着いて寝られないんです。」

すぐさま和室のある物件を探しはじめると、たったひとつだけ該当する物件があった。しかもそれは、すぐにでも見学できる完成物件だった。

店長に同行をお願いして女性を物件へと案内した。ひと通り見学を終えると、女性は和室へもう一度向かった。

「やっぱり和室っていいなぁ・・・。」

女性は突然ゴロンと仰向けになり、瞳を閉じて真新しいイグサの香りを楽しんだ。その光景に私は驚いたが、出会った頃の警戒する女性の姿はなくなっていた。



はじめてご主人とお会いしたのは、翌週の物件見学だった。私がご主人を案内している間、女性はずっと和室で過ごしていた。それほどその場所を気に入ったのだろう。

ひと通りさらっと見学したご主人は和室でくつろぐ奥様の元へ向かった。

「いいんじゃないの。」
「ねぇ、ちゃんと見てるの?」

それはまるでウィンドゥショッピングでTシャツやカットソーを選んでいるようなご夫婦の会話だった。しかし、ご主人のさらっとした感想には理由があった。仕事が多忙なご主人はご夫婦揃って家探しをする時間がなかなか作れず、昼休みを利用して物件を探し続け、他の不動産屋の紹介でこの物件を見学していたのだった。

まったく質問のないご主人の物件見学には少し拍子抜けしたが、そのままお店へ戻り契約へ向けた打ち合わせへと進んでいった。



数日後、住宅ローンの件でご主人だけが来店された。1時間ほどで申請に必要な書類をひと通り揃え終えると、時間は午後1時になっていた。

「お昼まだですよね。よかったらランチ行きません?」

ご主人から声が掛かった。多忙なご主人とは物件以外の話をしたことがほとんどなかったので、とてもいい機会になるだろうと思い近所のファミレスへ向かった。

「彼女いるの?」

それが席についた直後のご主人の言葉だった。私から何かを引き出そうとはじまったご主人の会話ではあったが、日替わりランチがテーブルに運ばれてきた頃にはご主人の独演会になっていた。

社会人として、男として、そんな会話を繰り広げる居酒屋で見掛ける“先輩と後輩のような関係”がそこにあり、ときには奥様には話せないような男の悩みをさらけ出すご主人の姿もあった。

“お客様に信頼されるってこういうことか!!”

契約いただけたことも嬉しかったが、それ以上の価値を教えていただいたお客様だった。


奥様とも良好な関係


引渡し後、私は新居を訪ねた。多忙のご主人は留守で、奥様にご挨拶を済ませて帰ろうとした時だった。

「そこの植栽を抜いて欲しいんですけど。アメフトやってたんだから、そのくらいならできちゃうかな?」

根の張っていない半年の植栽なら難しくないだろうが、私はやんわりとはぐらかした。

「私がやるとせっかくの美観を損ねちゃいますから。」

笑いながら答えた私を見て、奥様は笑顔になりそれ以上の要求はなかった。そんなことでも気軽に頼ってくれる奥様に、ちょっと嬉しくなった。

2019-02-14 15:14:53
ファーストコンタクトで感じた波長。
環境の変化に戸惑い、そして適応する子供たち。
笑顔にうっすら涙を浮かべたお客様と営業マンの話






営業としてダメな部分がある。集客力がない。努力に結果が伴わない。だからこそ目の前のお客様に集中し、丁寧な接客を心がける。電話やメールではなく、会って身振り手振りで伝える感情型営業マンだ。

4人のお子様を連れたご夫婦が現地販売会場にやってきたのは、10月中旬だった。

「近所の物件を見学してきたんですけど、違いました。」

にこやかに話すご主人とは波長が合うのか、初めてお会いしたのにしっくりくるものを感じた。ご主人も同じことを感じたのだろうか、すんなりと探している物件の条件や連絡先を教えてくれた。

「一緒にいたベテラン営業さんの押しが強すぎて。でも、あなたとは気が合いそうなんですよ。」

そんな電話が翌日に入った。相性もあるが先輩ではなく自分を選んでくれた連絡に、しばし上機嫌だったことをはっきり覚えている。



しばらくして条件にぴったりの物件を見つけ出した。ただ、仲介としては避けたくなる理由が。売主様も販売している直販物件だった。それでも提案したくなる3つの理由があった。

ひとつは、価格・広さ・間取りなど希望条件にぴったりだったこと。そして、私が生まれ育った地元の物件で街の素晴らしさに自信があったこと。お客様の望む物件であり、お客様の幸せを思えば手数料なしの売主へ流れても仕方がないと素直に思えたことだった。

「午前はハウスプラザさん、午後には他社の物件見学を予定しています。」

そんなことを正直に話してくれるお客様には、満足いく家を見つけて欲しかった。完成された物件には直販を示す看板も掲げられ、お客様がそれを目にしたことをわかっていたが、物件紹介と周辺環境を実際に歩いて案内した。街灯の数、ゆとりのある道幅、わずかな上り坂。地図ではわからない自分が大好きな街の雰囲気を感じて欲しかった。

「ちょっと電話します。」

そう言って電話を取り出したご主人は、午後のアポイントをキャンセルした。

「この物件でお世話になります。ただ、2つお願いしてもいいですか?」

仲介手数料の引き下げと住んでいるマンションの売却だった。私はご主人の申し出をできる限り受け入れることを約束した。丁寧な接客が手数料に値すると評価され、とても嬉しかった。



物件の引渡しが終わり、しばらくしてマンションの買い手も見つかった。「お祝いしなくちゃ!」というお客様からのお誘いで、桜の散り始めた頃に私は新居での食事会に招かれた。

19時から始まった新居での食事会は、お互いに気取ることもなく明るい話が尽きなかった。お子様たちと身重な奥様が眠りにつき男二人だけになった21時過ぎ、少し酔いがまわったご主人は急に面持ちを変え、真剣な顔になって私に話しはじめた。

「新しい家に引っ越しして、うれしかったんだけどさぁ。1か月くらいして“失敗した!”と思ったんだよ。」

“うれしいけど失敗・・・”

私に何か落ち度があったのかと戸惑った。不安を取り除くためにスーパーまでの道のりや小学校までの通学路を一緒に歩き、ひとつひとつ潰してきたつもりだった。

「上のふたりの子供たちがね、学校に行きたくないって言い出してさぁ。」

3学期の始業と同時に新しい学校へ転校したことで、それまでの友だちとの別れと新しい友だちができないことの寂しさ、環境の変化についていけなかったのが要因だった。さらに5人目を身籠っていた奥様にストレスをかけまいとするご主人は、4人の子供たちのストレスの多くをひとりで受け止めた。



「でもさぁ、子供ってすごいよ。自分たちで乗り越えたんだもん。」

新居は15棟ほどの分譲物件で、その敷地内にはコミュニティスペースのような小さな公園があった。分譲物件に引っ越してきた新しい家族の中には、学年は違えども同じように小学生の子供が数人いたという。同じように学校で馴染めないもの同士がその小さな公園に集まり、ひとりふたりと仲間を増やしていった。

「学年も性別も違うのにさぁ、いっしょに通学してんだよ。あんなに泣きごと言ってたのに。楽しそうに学校に行く子供たちを見てたら、こっちが泣けてきたよ。」

子供たちの交流を見た大人たちがその和に加わっていったという。マンション時代よりはるかに近所付き合いがいいと語ったご主人の満足そうな笑顔と潤んだ瞳が全てを物語っていた。


お客様という枠を超えた


新居での食事会から一ヶ月後、5人目のお子様が無事に生まれたという電話をいただいた。私の中ではお客様という枠を超えた存在になっていたこともあり、心の底から祝福した。

ただの不動産営業に新しい家族の報告などするだろうか。はがき一枚、メール一回で済むことなのに声を弾ませながら伝えてくれたことがとても嬉しかった。

それから数年経ったが、今もその関係は続いている。

2019-02-07 14:11:04
実家の目の前。資金も問題なし。
条件はすべてクリアするものの決断に至れない。
「でもなぁ」が口癖のお客様と低迷期の営業のお話






入社1年目は目立った成績を上げられず、2年目は営業としてのスキルが低いまま。変なプライドが邪魔して、上司や諸先輩方にアドバイスを求めることができずに時間だけが過ぎ年末が迫った。

4棟の現地販売を担当する私のもとに、斜向いの家からご夫婦がやってきた。

「ずっと気になっていて、夫婦でよく話していたんです。」

メタルフレームのメガネにきっちりとした短髪が似合うご主人とスクエア型のセルフレームのメガネを掛けた奥様は、知的な雰囲気を醸し出す実直な公務員を描いたようなご夫婦だ。そんなご夫婦が学校の先生であると知ったのは、のちに資金計画の話をしたときだった。

現地販売物件の斜向いの家は奥様のご実家の離れであり、いずれは独立した生活を考えているという。ご実家の近くに新居を構えられれば、小さな娘さんのいる共働き夫婦にとっては理想的だろう。パッとしない2年目を過ごしていた私にとって、物件購入の理想的な条件が揃ったこのお客様が光り輝いて見えた。




毎週末顔を合わせ、心の距離を縮めていく。物件への質問も細かい点に及ぶが、納得するのと同時に口から出てくるのは「でもなぁ」という踏ん切りのつかない言葉。ご夫婦の一方だけではなく、ご夫婦揃って同じ言葉を口にするため私はお客様のペースにずるずると引き込まれてしまった。

資金計画で知った十分な世帯収入と何ひとつ変わらない生活環境は好条件だ。それでも決断できなかったのは、実家暮らしのため家賃を払う経験がなく長期返済する住宅ローンへの不安だった。背中をひと押しすることができなかった私は変なプライドを捨て、上司に助けを求めることを選んだ。

「店長、同行をお願いします。」

助けを求める私の姿に、上司は「よし、行くか!」とひとことだけ言い少し頬を緩め目尻を下げた。その表情に救われ、不安は一掃されたような気持ちになった。同時に、もっと早く助けを求めるべきだったと心の底から後悔もした。

上司の存在は心強かった。しかし、ご夫婦の意思が変わることはなく「でもなぁ」状態は続き、桜の季節が過ぎ、新緑が眩しい季節になっていた。4棟の物件は内装もほとんど完成し、2棟の契約が決まっていた。そのうちの1棟はご夫婦が候補にあげていた物件のひとつで、この頃から「でもなぁ」という言葉は少なくなった。“あと少し・・・”と思った時、私は他店への転勤が決まった。



転勤してからもご夫婦への営業活動は継続していたが、他店の店長である元上司に同行をお願いするのは気が引けた。転勤先から物件までの距離もそれなりにあり、私にはある決意も生まれた。

「ひとりでやってみようと思います。」

元上司へ電話で伝えた。返ってきた言葉は「頑張ってこい。」のひとことだったが、自分の中で何かが大きく変わった気がした。

“もう半年が過ぎたんだ・・・。”

多くの時間が流れ、店舗も変わった。私はある決意を持って、ご夫婦へアポイントを入れた。



ご夫婦との打ち合わせは、ご夫婦が候補に挙げたうちの残された1棟で行った。最初に出会った頃はコートがないと肌寒い季節だったが、ネクタイで首元を締め付ければ薄っすら汗ばむ季節になっていた。

モデルルームとして配置されたダイニングテーブルにご夫婦と向かい合って座り、夜8時に打ち合わせをスタートした。物件の紹介や資金計画など何度も伝えている内容だが、この日のご夫婦はいつもと違っていた。私の話をじっくり聞く。そこまではいつもと同じだったが「でもなぁ」という言葉は聞こえてこない。スタートから1時間半を越えた頃、私はある決意をしてこの場に来たことを思い切って伝えた。

「最後だと思って今日はやってきました。」

その瞬間いつも冷静だったご主人は、少し呆然とした表情へと変化した。ご夫婦の不安を一掃できずに半年もの時間を費やし、決断できない状況を作ってしまった要因は私にあった。営業として居たらなかったことをお詫びして、私はご夫婦に頭を下げた。

「決めます。」

ご主人の言葉だった。私が頭を下げていた数秒の間に、ご夫婦は意思の確認をしていたのかもしれない。あるいは既に意思は固まっていたのかもしれない。頭を上げ視線を向けると、そこには初めて見るご夫婦のほっこりとした笑顔があった。


低迷期の脱出と成長


元上司に報告すると、ちょっと大袈裟だろと思うくらいに喜びを表現してくれたのが何よりも嬉しかった。

引渡し後、ご夫婦の元へ挨拶に尋ねると、斜向いの家から新居へ家財を自ら運んでいた。汗をかきながら荷物を運ぶジャージ姿のご夫婦は、幸せそうな家族そのものだった。

その後は低迷期を脱し、3年目以降一度もノルマを落とさない営業マンになった。そのきっかけを与えてくれたお客様だった。

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