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2018-03-02 11:53:42
【泣ける住宅購入】問題を請け負った仲介が見た大人の喧嘩と交渉術
予定とは違う家が建築されていく稀な出来事。
それを目の当たりにしたお客様は信頼する一級建築士を同席させて交渉に挑んだ。
売主とお客様の問題を仲介した営業の話。




「一体、どういうこと!?」

そのひと言からはじまった電話がお客様から入った。契約を終えてひと月が経過した頃だ。基礎工事も終わりカタチをなしつつある家が、契約した建物の設計と異なっているのではないかと不安を覚えたようだ。

この物件の土地は仲介したが、建物に関してはお客様と売主である工務店の二者間で結ばれた契約。とはいえお客様を無下にできず、仲介としてお客様をサポートする約束をした。

お客様との電話を終え、売主である工務店の担当者へ電話で事実を確認すると驚きの言葉が返ってきた。

「設計士に確認したところ、設計のまま建築すれば高さ規制の制限を超えてしまうので・・・。お客様にはそれを伝えずに・・・。」

お客様の電話は本当だった。お客様にそれを伝えず施工を進めたことに呆然とした。しばらく続いた無言の状態に痺れを切らしたのは工務店の担当者だった。

「お客様とお話をさせてください。」

(それが最初だろ!)

心の中で突っ込みながら、その後2ヶ月間で10回以上に及ぶお客様と工務店の仲介を請け負うことになった。



お客様から電話があった週末、問題を起こした工務店へ足を運ぶことに理不尽さも感じつつ、お客様を車に乗せて工務店での打ち合せに向かった。

重い空気が張り詰め緊張感が漂う部屋で、工務店の営業担当者とその上司と設計担当者が待っていた。平身低頭に謝罪から切り出したのは営業担当者だった。

「説明を・・・」と上司に促され、設計士が口を開くと部屋の空気は最悪になった。“高さ規制は知らされておらず、問題発覚後もできる限りのことをした。”と語ったそれは説明ではなく、自らに責任はないという言い逃れに聞こえたからだ。当然ながら、お客様も声を荒げる。

「今すぐ壊せ!予定通りの家を建ててくれ!」

お客様と工務店の交渉は一進一退、静寂を挟んでそれを何度も繰り返した。その間の私はお客様のことを第一に思いながらも、あえて沈黙を貫いた。両者を同じテーブルに着かせるのも私の仕事。工務店とは会社としての付き合いが続く。そんな私ができたのは、当事者間の話し合いに仲介が口を挟まないという態度を工務店に示しつつ、お客様から求められれば口添えすることだった。

互いの主張で終わった最初の打ち合せ。その翌週の打ち合せに設計士の姿はなく、設計担当を変えた旨の説明があった。

「あっ、そう。」

まったく気にする素振りを見せず本題の交渉に入ったお客様が印象的だった。



制限ある高さの中で工務店は何度も設計に手を加えて提案するものの、お客様が首を縦に振ることはなく1ヶ月半が過ぎた。そんな状況を変えたのは、お客様が信頼する女性を打ち合せに同席させたことだった。

「はじめまして。ご依頼を受けまして、同席させていただきます。」

渡された名刺には“一級建築士”と記されていた。お客様が信頼する彼女は、設計の専門家という肩書きだけでなく、とても交渉バランスの感覚に優れていた。

建築士の立場から細部に至るお客様の要望を工務店に伝え、お客様にも妥協点をアドバイスする。お客様に寄り添いながら、出来る出来ないをハッキリと発言する姿に私は感心した。

「夏を迎える前に基礎工事をはじめた方がいいですよ。」

基礎を急速に乾燥させてしまう夏の強烈な日差しはいいものではないとお客様にアドバイスしたのも建築士の彼女だった。それは暗に決断を迫ったものだとのちに話してくれた。

最終的にお客様が納得したものは、高さ規制をクリアするために基礎を掘り下げ、当初の計画に近い家を建てるものだった。それも信頼する建築士の説明があったからだった。



最後の打ち合せから帰る車中、ずっと気になっていたことをご主人に尋ねた。

「途中で契約破棄を考えましたか?」

はじめはそれも考えたというご主人に、窓の外を眺めながら“うんうん”と何度も頷く奥様の姿がバックミラーに映った。

「妻や娘と時間をかけて話し合い、大きな問題に立ち向かうことで家族の絆を感じたんです。住んでもいないのに愛着が沸いていましたね。」

そう語るご主人も奥様と同じように反対側の窓の外を眺めていた。


大人の喧嘩と交渉術


「契約上は関係ないのに、最後まで面倒を見てくださって、ありがとうございました。」

引き渡しの日にお客様から声をかけられた。私にとっては貴重な経験だったことやいくつかの出来事で会話が盛り上がった。その中で最も印象深かった最初の打ち合せでお客様が声を荒げたことを懐かしい思い出のように伝えた。

「あれは威嚇じゃなく、大人の喧嘩。交渉術ですよ。」

ややハニカミながら答えたご主人がとても頼もしく見えた。