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2017-10-23 13:25:11
【泣ける住宅購入】ふたつの家族の思いが込められた東北の土地
一つの土地を売主様から買主様へ橋渡しする仲介。
売主様がその土地を購入した目的と手放す理由。買主様が即決した理由。
すべては子供を思う親の気持ちが込められていた営業のお話。




新居となる物件の契約が取れた時、それまで住んでいた家の売却をお手伝いすることは珍しくない。
しかし、加えてもうひとつ不動産の売却を依頼されることは珍しい。
つまり新居の購入とふたつの不動産の売却ということだ。

「体調もあまり良くないし、娘夫婦の近所で息子と住みたい。」

そう語る年配の女性は、新居資金の足しにしたいと遠く離れた東北のとある町に所有する土地を“もうひとつの売却”として望んでいた。

土地勘のない遠く離れた物件を扱うことは想像以上に困難だ。
現地の不動産屋に電話で相談したがどこも門前払い。
きっと東京の不動産屋が絡んでいることが面倒臭かったのだろう。

頼まれたら断れない性格の自分だが、ひと月何も進展しないと引き受けたことを後悔するようになっていた。
やはり、遠方だからといって渋っていてはいけなかったと反省もした。

「現地を見てみるか!まずはそこからだな。」

アドバイスをくれた上司と現地へ行ってみることにした。
頼られた以上は覚悟を決め、最善を尽くした結果を売主様へ報告することが責任を全うすることであり自分のやるべきことだと思った。



日常の仕事を終え、22時ごろ上司とクルマでその土地へ向かった。
東北新幹線の停車駅がある開けた町に到着したのは午前3時。浅い睡眠から目覚めると外はどしゃ降り。
朝食を摂って9時過ぎに市役所で土地や所有者の確認を済ませると、依頼された土地へ向かった。

雨がひどかったので車内に上司を残して、更地状態の土地を確認しながら写真を撮っていた時だった。

「どうしました?」

お隣に住む女性が声を掛けてきた。雨の中、東京ナンバーの車が停まり、見ず知らずの男が何やら写真を撮っていれば不審がられても仕方ない。

「地主様に売却の依頼をされた者です。」

そう告げてしばらく立ち話をしていると、「雨も降っているし、ちょっと寄って行きなさい。」という言葉に甘えて、女性のご自宅に上らせていただくことになった。

東京のどこから来たの?車で来たの?
そんな世間話がほとんどで隣の更地については、幼かった頃の娘や孫が遊び場にしていたという話や雑草が鬱蒼となれば虫やヘビなども住み着いてしまうし、何よりも見た目が良くないということで草むしりなどの手入れを続けてきたということくらいだった。

「うちで買いたいけど、おいくらなの?」

突然の申し出に少し驚いた私は、事前に調べた相場よりほんの少し高い金額を提示した。
ところが“隣接する100坪の更地”はとても魅力的だったようで、「その金額なら・・・」とふたつ返事で了承いただけた。
1ヶ月以上悩み続けたのはなんだったのだろうか。わずか30分もしないうちに買主様が見つかった。

出してくれた紅茶とケーキで世間話に華が咲くと、やがてお婆様が加わり、次に娘さん、そのお子様と輪が広がっていった。
4世代が同居するご家族だった。

「お昼食べていきなさいよ。」

そう勧められた時に車で待つ上司を思い出した。
とても温かい“おもてなし”に、気付けば1時間ほどお邪魔していたことになる。

車に戻った私は、上司に買主様が見つかったことを報告した。
すぐさま2人で現地の測量士や司法書士などを探し出して電話で作業を依頼した。

その晩に飲んだお酒は、最高に旨かったことは言うまでもない。


数日後、売主様のご自宅へ伺い、買主様が見つかったことを報告した。

「ありがとう。でも、寂しいですね・・・」

そう呟いた売主様の目には薄っすら光るものがあった。売主様にとって、とても思い入れのある土地だったという。

30年ほど前、娘と息子を連れて東京に出てきた売主様であるお母さんは、売却地からほど近い場所の出身だという。
長くその近隣で生活しており“息子の将来のために”と訳あって別れた旦那様と相談して購入していたのがその土地だった。

「あの場所を手放すと思うと、もう帰る場所がなくなって、いろんなものを失ってしまう感じがして・・・」

私に返せる言葉があるはずもなく、ただ黙って頷くだけだった。


半月後には測量も終わり、買主様との契約へと進んだ。事前の電話確認で、住宅ローンも問題ない。ふたたび、あの4世代のご家庭を訪ねた。

「隣はね、娘家族のために使おうと思っているの。」

買主様であるお母さんの目にも光るものがあった。


すべては息子のため。娘のため。

売主様と買主様はお隣同士ではあったが、ご挨拶をしたことがある程度の関係だったという。
しかし、ひとつの土地をめぐって、売主様と買主様それぞれの強い思いが伝わる商談に携わることができた。

一方は、息子の将来のために購入して、息子と同居するために手放す。
一方は、幼かった娘や孫が遊んでいた場所を娘家族のために購入する。
どちらも子供の将来を思う親の気持ちが伝わるものだった。