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2018-02-22 16:07:30
寡黙なお客様。自身はきっと気付いていない口癖の“ほぉ”。
思いが込められた口癖に追い詰められ、最後には労いを感じた営業の話。




クレームだ。

それは決して言いがかりではなく、お客様には非のないものだ。

「私も見ましたけれど、『あのままなら新居に移ることはできない。』と主人も言っております。」

1ヶ月ほど前に二階建ての物件をご契約いただいたお客様の奥様からの電話だった。契約物件近くのマンションに住む還暦を迎えたくらいのご夫婦は、“近所にあること”と“二階建ての物件”を譲れないふたつの条件としていた。

近所に住む娘さん夫婦、お孫さんと過ごす時間をとても大切にしていること。そして、新築物件は三階建てが多くを占めるそのエリアで、老いていく自らの将来を考えて二階建てにこだわった。

お客様は新居の完成を楽しみにしていた。ご主人は、物件の前を通る通勤ルートに変更したほどだ。“かわいい孫の成長を見守るお爺ちゃん”それに近い眼差しで日々成長していく新居を楽しみにしていたのかもしれない。

更地に基礎が完成した頃、問題に気付いたご主人はそれを奥様に伝え、奥様もすぐに確認したという。その電話を終えると私はすぐにクレームの原因を確認する為に現場へ向かった。

物件の前に電柱が立ち、その電柱が倒れないようにワイヤーの支線が張られている。問題は、その支線が玄関への動線を遮るように斜めに張られていたことだった。

決して大柄ではない私でさえ身を屈めなければ玄関にたどり着けない。生活に支障が出て『あのままなら新居に移ることはできない。』という主張も納得だった。

(そんなことはないだろうという確認不足と説明不足・・・)

自責の念にかられた私は、その足でお客様のご自宅へ向かったが、玄関先で応対する奥様からご主人が話す気分になれない旨を伝えられ、謝罪と問題を確認してきたことを伝えて会社へ戻った。



会社へ戻りしばらくすると、ご主人から電話が入った。

「ほぉ、あのままなら解約するぞ。」

最初の言葉で圧倒された。

「ほぉ、あんなものがあって生活できるか?」

その後も“そうだろ?”“違うか?”といったような会話がいくつか続き、“はい”と“仰る通りです”しか答えられない。

会話の冒頭には必ず“ほぉ”とも“おぅ”とも聞こえる低く響く口癖が入った。脅しの類ではなく枕詞だ。それでも低く響くそれが何度も繰り返されると次第に私は追い詰められた。そのことは記憶しているが、その後にどんな会話をして、どうやって電話を切ったのかをあまり覚えていない。

周囲にいた先輩や同僚が驚いていたことやお客様に食いかかるような言葉を返していた事実ものちに知った。ただ、ひとつだけハッキリ記憶しているのは、 “支線の問題と責任は売主様の方にある”と言ったことに対するお客様の言葉だった。

「俺は、売主じゃなくハウスプラザと契約しているんだ!」

その意味を理解して最後まで責任を貫かなければならないと思う気持ちは、時間を追うごとに強くなっていった。


最初にしたことは、上司への報告と相談だった。“住宅前にある電柱の支線”の問題は稀にあることで、対処方法を教わると少し安心した。しかし、大変なのはそこからだった。

引き渡し前の物件の所有者は売主様であり、売主様の申し立てで電柱を管理する団体に申請をしなければならない。ところが、売主様は引き渡しに向けて面倒な支線の移設申請に時間を割く余裕がないという。

私は仲介者としての役目を果たすべく、お客様の立場で電柱を管理する電力会社や通信会社との打ち合せを行い申請に必要な条件をすべて整えることを約束した。

「そこまでやってくれるのなら・・・。」

ようやく売主様の首を縦に振らせ、支線は生活上支障のない位置への移設が決定。そこから1ヶ月半を要して移設工事が完了したのは、お客様と引き渡し前に行う最終確認の2日前だった。


その間、お客様のご自宅へ伺って状況報告を数回行ったが、その場にご主人は現れず奥様にお伝えした。移設工事の完了報告と引き渡し前の最終確認について打ち合せしている時、奥様がご主人の様子を話してくれた。

「あの人、いつも寡黙なの。それに言葉選びが不器用でね。意地っ張りですし。」

電話で言い過ぎたこともあり、会い難くなっていると加えて話してくれた。

引き渡し前の最終確認の日、ご夫婦は娘さん夫婦とお孫さんの5人でやってきた。私は他と変わらぬ接客で、5人を家の中へ誘導したその時だった。

「ほぉ・・・」

右手でさりげなく支線を確認したのはご主人だった。そのままご主人は誰よりも先に家の中へと入っていった。


あのときの“ほぉ・・・”


その後、“ほぉ”というご主人の口癖を何度も耳にしながら、引き渡しを無事に終えた。

右手で支線に触れながら発した“ほぉ・・・”を、私は勝手に“頑張ってやり遂げたじゃないか”という労いの言葉と受け取った。

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