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2018-06-13 11:02:28
車、ファッション、パチンコ・・・。
趣味に興じてきた4畳半で生活する45歳男性が、家を買う検討をはじめる。
大きすぎる人生の転機に迷う男性とそれを後押しする営業の話。




メールで中古物件の問い合わせがあり、本人確認の電話を入れると、すぐにでも見たいといった45歳の男性。しかし、その姿を見た瞬間、私の中の期待は不安へと大きく傾いた。

ドレスアップされたローダウンのミニバンで待ち合わせ場所にやってきた茶髪の男性。刺繍入りのジーンズに大きめの黒い本革のジャケット。鋭く光り輝く高級腕時計とネックレス。脇に抱えるのはブランド物のセカンドバッグ。それぞれの主張が強いものばかりで、サラリーマンにはいないタイプだ。

物件を見学しながら男性の質問に答える以外は、趣味や家族など日常の会話を織り交ぜた。

「昔は、フルチューンのGT−Rに乗っていたんだ。」
「昔は、結構モテていたんだ。」

意気揚々と自慢気に昔話を続ける男性は独身であり、家を買う理由がチラリとも話に出てこない。現在が見えない男性に、私の不安はますます大きくなった。

「現在は、どちらにお住まいですか?どんなお仕事をされているんですか?」

帰り際、単刀直入に男性へ尋ねると、意気消沈したか少し表情が曇り現状を話しはじめた。

職場である工場の片隅にある4畳半の空き部屋に住み込み、給料のほとんどを趣味の車や一点豪華なファッションへと費やしていたという。結婚を意識する女性がいて、現状から抜け出したいと思いはじめたことが家探しのきっかけだった。


見学した当日は検討することを理由に買い付け申込みまでたどり着けなかったが、その後も男性の購入意欲は変わらなかった。

家を所有することを“男のプライド”という男性は人生を変えたいと本音で語り、その力になりたいと思った私は、徐々に近い関係になった。
腹を割った男性は、住宅ローンを組むために貯蓄・給料・借金だけでなく、遊興費に至るまであらゆることを私に打ち明けた。

「遊興費を減らしましょう。飲みに行く回数、パチンコやファッションに費やすのも控えてください。」

他のお客様ならば踏み込まない毎月のローン返済の捻出方法でさえ、男性は真摯に耳を傾けた。時にはお説教に近い口調になることもあったが、男性は私から離れていくことはなく、むしろ男性からの電話は増えた。

「あそこまで言ってくれて嬉しかったよ。」

見学から二週間後、買い付け申し込みで来店した時の男性の言葉だった。


物件の買い付け申し込みから数日後、男性から電話が入った。

「やっぱり無理だ。」

その理由は、“独身で家を買う必要があるのか?”という友人のノイズだった。

「“男のプライド”を捨てて、4畳半の生活を続けた未来は明るいですか?」

そう問うと男性は無言になり、車の行き交う音が微かに聞こえてきた。男性に居場所を尋ねると、ようやく重い口を開き、私も知っている交差点の手前にいることを伝えてきた。

「次の交差点で右折して家に帰れば、今までと変わらない4畳半の人生が待っています。そのまま進み店までくれば、新しい人生が待っています。どちらに進むか自分で決めてください。」

男性に決断を迫り、私は電話を切った。ただ、私には男性がどちらを選ぶかわかっていた。


30分ほどで男性は店にやってきた。その距離と時間は、そのまま進みアクセルを踏み続けた証だ。

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。」

決断が再び揺れ、不安が大きくならぬよう、私はすぐさま男性の前に契約書を差し出した。それを両手に取りじっと見つめ続ける男性を、私は息を潜めて見守った。

沈黙は時間の経過を短くも長くもする。自問自答する男性には短いものだっただろう。待つ身の私にはとても長く感じられた沈黙は、男性の呟くような声で終わりを告げた。

「たまに食事に行ってくれますか?」

それが家を買う条件だった。私が断るはずもないことを条件にしたのは、前へ進むきっかけを望んでいたのだろう。

「前に進みましょう。」

私からの合図で、男性は契約書の第1項に目を落とした。それは、男性が新しい人生に向けてグンと深くアクセルを踏み込んだ瞬間だった。



ひとりで決断を下すことのむずかしさ


不動産を購入するお客様の多くは、ご夫婦や家族で話し合ったり、ご両親や親類に相談したり、一歩前へ踏み出すため誰かに背中を押してもらっている。
ところが、この男性はひとりで生きてきた事情もあり、誰にも相談できず、背中を押してくれる人物がいなかった。
あらためて決断を下すことの難しさを感じさせられた。

その後、男性とは数回食事に行った。その際、パチンコや飲みに行く回数が減ったと言っていた。
どうやらそれは本当のようで嬉しいことではあるが、私は少し困っている。なぜなら、無料ゲームアプリの招待が届くたびにスマホが発する通知音が煩わしいからだ。

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