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2018-06-27 16:55:27
自信喪失気味の時に出会ったお客様。
多くを学び、「いいところを伸ばせば、いい営業になる。」と説教してくれたあたたかいお客様と営業のお話




ひとつの物件を販売するために私が自分の手と足でポスティングしたチラシは15,000を超えた。
日課となっていたポスティングは、接客や商談の合間を縫って500枚、何もない日は1000枚以上。その数はどんどん積み上がった。

ある日の午後、いつものように500とセットしたコピー機のスタートボタンを押した後、携帯電話が鳴った。見慣れない番号だ。

「チラシを見て、電話しているんですけど・・・。」

待ち焦がれたチラシを見たお客様からの電話は、私の声をいつもより張りのあるものにした。
簡単なヒアリングとご自宅の住所を伺い、その日の夜に資料をお届けする約束をして電話を切った。

しばらくして、ピーっと聞き覚えのある音でコピーしていたことを思い出した。この500枚、ポスティングせずに済んで欲しいと心から願った。


物件資料を携えてお客様の自宅に伺うと、奥様が出迎えてくれた。半開きの玄関のドアを背中で受けながら、物件の紹介をしていた時だった。

「なんだ、お前!」

帰宅されたご主人からの一喝。それがご主人との出会いだった。私を訝しい訪問販売員と思ったのだろう。
奥様からの問い合わせで訪問した不動産仲介であることを私が伝えると、ご主人は声を荒げたことを謝罪し、私を部屋の中へ招き入れようとした。初日からご自宅へ上がることに遠慮したが、“いいから入れ!”というご主人の意気に従った。

リビングに通されてからは、奥様も同席されたが会話はご主人が中心になった。物件の話はほどほどで、お互いの昔話や仕事の話など居酒屋で交わされるような会話ばかりだった。
1時間ほど話し込んだあと、“このマンションのローンがなんとかなればね”と話すご主人に、できる限りの力添えをする約束をしてご自宅をあとにした。

数日後、ご主人から電話が入った。挨拶を早々に済ませると、突如急転したご主人の声色が喫緊の内容であることを予見させた。

「この前の、マンションのローンのことなんだけどな・・・。」

ご主人は、農業を営む幼馴染みの連帯保証人だった。若くして先代から農地を引き継ぎ、地域に貢献する幼馴染みの元に、継ぎ手のいない近隣の農夫が農地を託したいと申し出てきた。悩んでいた幼馴染みにご主人は自ら名乗り出たという。心配をかけたくなかったご主人は、円満な家庭を維持するためにそのことを奥様へ告げず、今後もそれを貫くという。

もし、何も知らずに私が提案するローンで審査をすれば、不可となるのは目に見えている。問題は、その理由が奥様にわかってしまうことだ。だから、ご主人が厚意とする金融機関で住宅ローンを組むように提案してほしいという。是非もない電話の内容だった。


ある日、上司にも言われていた同じことをご主人に指摘された。

「いいものならもっと自信持って嫁に提案しろよ。」

同じ言葉でも立場の違う人に言われると響き方が違う。こんな感じの教えをいただきながら成約となった。ローンの件も打ち合せ通りに乗り越えた。

引き渡しの二週間前に行われた内覧会でのこと。外装の確認を終えて室内に入った時、ご主人は私の名前を大声で叫んで呼びつけた。

「これじゃ住めないだろ!どういうことだ。」

洗濯機を置く場所に引かれた剥き出しの蛇口を指差した。施工会社の営業が事情を説明してことなきを得たが、未完箇所がある状態で内覧になるとお客様へ事前に伝えていなかった私にも落ち度があった。

引き渡し後、ご主人は私と施工会社の営業を招いて、慰労会を開いてくださった。高級中華店の個室で催されたそれはただの食事会ではなく、私を最初に一喝した玄関先での出来事から引き渡しまでをワンシーンごとに振り返るエピローグだった。

「お前の悪いところは、自信がなさすぎる。もっと声をだせ。そして、お前のいいところは・・・。うーん・・・。」

しばらく考え込むフリをしたご主人はガハハと笑った。大声で一喝することも多いが、事情を飲み込むと、巧みなトークと満面の笑みで周囲を明るくする気遣いのできる優しいご主人をたくさん見てきたことに気付いた。きっと多くの人に慕われる男性であることは間違いない。


「人としてダメだろ!」


契約の時、施工会社の営業が粗相した。ご主人が差し出した手付金を何も言わずに数えはじめると、ご主人から一喝入った。

「お前、それは人としてダメだろ!」

間違いのないように確認するのは当たり前のことでしょ?とやや呆気にとられた表情を浮かべる営業に、ジュース1本、タバコ1箱でも、“ありがとうございます“というコンビニのサービスを例に出して、お金を頂くのだから“ありがとう”を伝えなさいと言った。

怒ってくれる、叱ってくれる、あたたかいお客様に出会えたことを感謝している。

2018-06-20 17:57:26
大きなものを背負うことに悩むシングルマザー。
メモに書かれたメッセージで一歩前に踏み出せたお客様と働く母に共感した営業のお話。




「妹のためにマンション探しをお願いできますでしょうか。」

20歳と18歳の息子さんを育てるシングルマザーの妹さんを心配するお姉さんからの電話だった。
妹さんはマイホームなど縁のないことと考えているらしいが、いつか独立していく息子さんたちを考えれば、賃貸ではなく老後の心配を少しでも減らせるマイホームに住んで欲しいとお姉さんは願っていた。

私も働く女性として、同世代の女性が働きながら子供を育てる大変さをわかっている。でも、旦那がいる私には知りえない苦労もきっとたくさんある。

「力になりますから、ぜひ一度、妹さんとお越しください。」

来店を促して電話を切ると、私は妹さん家族が負担にならず幸せに暮らせる間取りの物件を探した。


数日後、姉妹が来店された。年相応の落ち着いた雰囲気の装いで現れたおふたりは、仲の良い友人のようにも見える。ふたりの息子さんも誘ったけれど、どちらも思春期なりに忙しいらしい。

お姉さんに連れられてきた妹さんは、俯き気味であまり口を開かなかった。
お姉さんがリードして話を進めていくと、私と妹さんが同い年であることがわかった。そのあたりから徐々に打ち解けはじめた妹さんは、ようやく自らの言葉で話すようになった。

パートタイム従業員であること。息子たちにひと部屋ずつ与えたいので3LDKの間取りが欲しいこと。月々支払うローンの心配。若くしてご両親をなくしたこと。お姉さんが親代わりで息子たちも信頼していること。

少し話が逸れはじめた妹さんの横で、“そんなこと話さなくてもいいでしょ”とやや照れくさそうなお姉さんが印象的だった。

その日、マンションを6軒見学して、ふたりは2軒に絞り込んだ。パートタイムでも組める住宅ローンも見つけた。そして、ふたりの息子さんと見学して、どちらにするか決める日がやってきた。

ふたりの息子さんは移動中も見学中も興味を表に出さず、“ああ”や“うん”と力のない相槌を打つだけだった。それが思春期真っ只中の20歳と18歳の男子なのだろう。私の息子にも似たところがあり、あまり気に止めなかった。

母である妹さんは、他人には見えない息子さんたちの意思表示を読み取り、ひとつに決めた。そして、その決定を一番喜んだのはお姉さんだった。

選んだマンションは3LDKで、息子さんたちにそれぞれ部屋を与えることができる。さらに、妹さんはリビング隣りの和室を喜んでいた。

「だって布団を並べて3人で寝ることもできるでしょ?」

息子さんたちに部屋を与えられる喜びと寝息さえ届かなくなる寂しさ。母の葛藤を打ち消すものが川の字になれる和室であると、マイホームへの思いを前向きに表現した。

ただ、“母がローンを抱えれば、息子たちを心配させてしまう。だから少し結論を待って欲しい。”と息子さんたちを気にかけ、妹さんはその日の結論を見送った。


3日後、妹さんから着信があり電話に出ると妹さんは嗚咽していた。テーブルに小さなメモが置かれていたと声を詰まらせながら伝えてきた。

「息子が・・・、長男が『僕がこの家を買うよ。』って・・・。」

シングルマザーとなった母へ負担をかけまいと、幼少の頃から長男は弟の面倒をみながら、自らの欲求を口にしたり意思を示したりすることなく10数年が過ぎていった。

そんな長男がひとりで大きなものを背負おうとする母に、いっしょに背負う覚悟と家が欲しいとはじめて意思を示した。その成長と変化が嬉しくて、感極まっていたのだった。

“迷いと不安を打ち消した長男からのメッセージ”

それが母の決断を後押しした。


思春期の息子さんたちも少しずつ変化が現れた。長男はお母さんと並んで説明を聞くようになった。
人見知りがちだった18歳の次男も自分の部屋を持つ喜びから、ポスター貼ってもいいの?時計は?画鋲でも?と私に質問してくるようになった。

引越しが落ち着いた頃、訪ねた新居のリビングに飾られた一枚の似顔絵が目に留まった。

「昔、描いてもらったんです。そうしたらメッセージも入れてくれたんです。」

あどけない表情の兄弟の傍には、3人の絆を物語るメッセージがこう記されていた。

“いつもそばにいるよ”



切手のない封書


ある日、私の名前だけが書かれた封書が届き、裏面には小さくお姉さんの名前があった。
わざわざ届けられた手紙には、感謝の言葉がつらつらと綴られていた。

“あの時、私の話をすべて聞いて、妹をお店に連れて行くことを勧めてくれなければ、妹たち家族も私も変わらず不安を抱えたまま生活を送っていたでしょう。(中略)親身になってくださったことが、本当にうれしかったです。”

同じ女性として共感し過ぎかなと反省したこともあったが、その手紙で救われた気がした。

2018-06-13 11:02:28
車、ファッション、パチンコ・・・。
趣味に興じてきた4畳半で生活する45歳男性が、家を買う検討をはじめる。
大きすぎる人生の転機に迷う男性とそれを後押しする営業の話。




メールで中古物件の問い合わせがあり、本人確認の電話を入れると、すぐにでも見たいといった45歳の男性。しかし、その姿を見た瞬間、私の中の期待は不安へと大きく傾いた。

ドレスアップされたローダウンのミニバンで待ち合わせ場所にやってきた茶髪の男性。刺繍入りのジーンズに大きめの黒い本革のジャケット。鋭く光り輝く高級腕時計とネックレス。脇に抱えるのはブランド物のセカンドバッグ。それぞれの主張が強いものばかりで、サラリーマンにはいないタイプだ。

物件を見学しながら男性の質問に答える以外は、趣味や家族など日常の会話を織り交ぜた。

「昔は、フルチューンのGT−Rに乗っていたんだ。」
「昔は、結構モテていたんだ。」

意気揚々と自慢気に昔話を続ける男性は独身であり、家を買う理由がチラリとも話に出てこない。現在が見えない男性に、私の不安はますます大きくなった。

「現在は、どちらにお住まいですか?どんなお仕事をされているんですか?」

帰り際、単刀直入に男性へ尋ねると、意気消沈したか少し表情が曇り現状を話しはじめた。

職場である工場の片隅にある4畳半の空き部屋に住み込み、給料のほとんどを趣味の車や一点豪華なファッションへと費やしていたという。結婚を意識する女性がいて、現状から抜け出したいと思いはじめたことが家探しのきっかけだった。


見学した当日は検討することを理由に買い付け申込みまでたどり着けなかったが、その後も男性の購入意欲は変わらなかった。

家を所有することを“男のプライド”という男性は人生を変えたいと本音で語り、その力になりたいと思った私は、徐々に近い関係になった。
腹を割った男性は、住宅ローンを組むために貯蓄・給料・借金だけでなく、遊興費に至るまであらゆることを私に打ち明けた。

「遊興費を減らしましょう。飲みに行く回数、パチンコやファッションに費やすのも控えてください。」

他のお客様ならば踏み込まない毎月のローン返済の捻出方法でさえ、男性は真摯に耳を傾けた。時にはお説教に近い口調になることもあったが、男性は私から離れていくことはなく、むしろ男性からの電話は増えた。

「あそこまで言ってくれて嬉しかったよ。」

見学から二週間後、買い付け申し込みで来店した時の男性の言葉だった。


物件の買い付け申し込みから数日後、男性から電話が入った。

「やっぱり無理だ。」

その理由は、“独身で家を買う必要があるのか?”という友人のノイズだった。

「“男のプライド”を捨てて、4畳半の生活を続けた未来は明るいですか?」

そう問うと男性は無言になり、車の行き交う音が微かに聞こえてきた。男性に居場所を尋ねると、ようやく重い口を開き、私も知っている交差点の手前にいることを伝えてきた。

「次の交差点で右折して家に帰れば、今までと変わらない4畳半の人生が待っています。そのまま進み店までくれば、新しい人生が待っています。どちらに進むか自分で決めてください。」

男性に決断を迫り、私は電話を切った。ただ、私には男性がどちらを選ぶかわかっていた。


30分ほどで男性は店にやってきた。その距離と時間は、そのまま進みアクセルを踏み続けた証だ。

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。」

決断が再び揺れ、不安が大きくならぬよう、私はすぐさま男性の前に契約書を差し出した。それを両手に取りじっと見つめ続ける男性を、私は息を潜めて見守った。

沈黙は時間の経過を短くも長くもする。自問自答する男性には短いものだっただろう。待つ身の私にはとても長く感じられた沈黙は、男性の呟くような声で終わりを告げた。

「たまに食事に行ってくれますか?」

それが家を買う条件だった。私が断るはずもないことを条件にしたのは、前へ進むきっかけを望んでいたのだろう。

「前に進みましょう。」

私からの合図で、男性は契約書の第1項に目を落とした。それは、男性が新しい人生に向けてグンと深くアクセルを踏み込んだ瞬間だった。



ひとりで決断を下すことのむずかしさ


不動産を購入するお客様の多くは、ご夫婦や家族で話し合ったり、ご両親や親類に相談したり、一歩前へ踏み出すため誰かに背中を押してもらっている。
ところが、この男性はひとりで生きてきた事情もあり、誰にも相談できず、背中を押してくれる人物がいなかった。
あらためて決断を下すことの難しさを感じさせられた。

その後、男性とは数回食事に行った。その際、パチンコや飲みに行く回数が減ったと言っていた。
どうやらそれは本当のようで嬉しいことではあるが、私は少し困っている。なぜなら、無料ゲームアプリの招待が届くたびにスマホが発する通知音が煩わしいからだ。

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